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かーばかーば
タイトルは最近の口癖。独り言的な。

今はYouTubeで富山優子『CPU』を流してる。ビールも飲んだし。
考え事があるのに出来る限り避けてしまう悪い癖も、音楽を聴くと自分と向き直ろうとする気になる。
音楽聴かないんだけどね、ほとんど。

責任感を持たないと。覚悟も。
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【2012/11/18 23:56】 | その他いろいろ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
リアリティってなんじゃらほい
『おおかみこどもの雨と雪』
なんか普通だった。佳作。ズシンと来るものもなく、どこか淡々と終わってしまった気がするのはあの画風のせいだろうか。

と、見終わった直後の感想。でもここで終わらせたら勿体ないので細田監督は何を伝えたかったのか、どう表現してみたのかを考えてみる。

アニメで描くからにはアニメとしての表現技法に狙いがないわけがなく、まずはそれについて。
ときに実写と勘違いする程、綺麗で鮮明な自然風景をわざわざ用いたのは何故だろうか。使い分けはされていて、自然の荘厳さや広大さ、寛容さを特に強調したいときにより写実的なアニメーションが使われていたと思う。美しいものを大きなスクリーンで観せられるとやっぱりハッとさせられるので効果的だった。好みとしてはアニメならではの彩色や実寸を無視した表現だったらもっとグッときたのだけど、それは監督の好みや作品のテイストによってしまうんだろうな。自分がジブリに知らず知らずのうちに毒されているのかもしれない。

アニメならではの手法といえば、小学校の教室をワンカットで横スクロールさせることで、子どもたちの学年が上がったこととどう成長していったのかをセリフなしに描いていたのが素晴らしかった。コンパクトでいて遊び心もあって、一番好きなシーンでした。

子どもおおかみの視点になって冬山を駆け抜けるシーンなんかは、疾走感はあるのだけどもっとサービスして欲しいなぁと。『ヒューゴの不思議な発明』のオープニングのワクワク感、またはディズニーランド(ディズニーシーかも)の3Dアトラクションで不思議な絨毯に乗って街を飛び回る爽快さ。意外性と次に何が目に飛び込んでくるのかという期待感。
と、書いてみて思ったけどどちらもファンタジーだな。この作品はフィクションでファンタジー要素も盛り込みつつも、社会の偏見や親子の成長を描く上でリアリティを忘れないようにしている。そこを重視しているからこそ写実的な表現に終始したのかもしれないな。

じゃあなんでリアリティを残したのか。それは恐らくただの童話で終わらせたくなかったからだろう。
おおかみ男との間に子どもをもうけてその子たちを育て上げるという突飛な題材を扱いつつも、社会(主に都会)の包容力のなさ、自然と人間との付き合い方、その中で一組の親子が異なる使命感の下、どう自立していくのかを提示し現実の観客に勇気を与えるためだ。
となると少し人物に深みがないというか、エグみが感じられなかったので僕には表面的な作品に映ってしまった。心を突き動かされるのでもなく、ワクワクするのでもなく・・・。もっと悩みや葛藤を掘り下げて、それが当事者の小さな枠の中の問題でなく理解のない社会にも苦しめられて。一応、そういう描写はあるのだけれども作品では田舎に行ったことでほぼ解決してしまっている印象を受けた。田舎に行けば地域の住民が共同体に招き入れてくれて、不登校の息子にも寛容な目が向けられ、過ちを犯した娘はその相手が理解者となり・・・。その辺りのやや楽観的な下りが「ファンタジーなんだから」で処理されてしまい、それならもっと楽しませてよ・・・になったのでした。

うーん、果たして今書いてきたことを鑑賞中に半無意識に感じていたのかはほとほと疑問だけれども、自分があまり“こない”作品だったのは勝手に納得。でも一緒に観た人は終始号泣でとても良かったと言っていて、七面倒くさく理屈で頭こねくり回しながら映画観る自分の姿勢がひどく閉鎖的にも思えてしまった。
【2012/08/12 23:27】 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
よすが
生きてく上でのヨスガとなるもの。土壌となるもの。
人の評価で土壌を作ると、周りが崩れると同時に自分も崩れてしまう。
学生の頃に持っていた自分への自信を、自分の中で裏付けを持ちながら蘇させねばならない。

社会に対して出来ることを考えよう。どう変えていきたいのか、何を伝えていきたいのか。
世界を塗り替えたいなんて大それたことは思わない。けどそれもちょっとあるんだ。なんてアジカンが言っていたけど正にその通りで、社会について他人についての問題意識とそれを少しでも楽にできるような手段の提供。
それを考えて実践していくことが、つまりは自分のヨスガとなり、生き甲斐になるんだな。

自己啓発的な文章に恥ずかしさを覚えつつも、誰が見るでもないブログなんだから別にいいだろ。自意識過剰さ!
【2012/08/12 22:36】 | その他いろいろ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
文章を書くことからあまりに遠ざかると、思考することがどんどん無くなって随分と頭の使わない人間になってしまう気がする。というかなってるな、既に。

てなわけで徒然。

ここ最近、色んな人と出会う。気の合う人、気を遣う人、お世話になった人、知り合いの知り合い、大学の同級生。それぞれの局面で色んな自分がいて、相変わらずふわりふわりとしている人間ではあるけれど、居心地の悪さを感じることはすくなくなった。
それは多分、開き直っていいやとようやく思い始めたためで、作り笑いや話のネタを考えることを放棄したから。こうしなきゃいけやいとか、その場にいるための義務感みたいなものから解放されて、失礼をしても仕方ない、きっと周りは許してくれるという甘えた考え方が根付いてきたからかな。
すぐに頭で考えちゃう人間なのでこれはちょっと良い兆し。

ただ人に優しくなれていない。
電車の中とか道行く人とか、いちいちイライラして全然向き合おうとしていない。
あー、問題だ。
バスん中でハンカチ落とした人を見かけてもきっと誰かがやるだろうと見てみぬフリをしたり。

徒然、だべだべ。

吐き出しておくことで、意識して書くことで、ちゃんと自分の中に人としてのあるべき姿を心に植え付けておく。のだ。
【2011/11/11 22:56】 | エッセイ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
相対性日記
相対性理論をほんのちょっと、ほんの気持ちだけかじった。
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【2011/07/08 01:08】 | その他いろいろ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ワクワクさん
節分じゃ!
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【2011/02/03 00:55】 | エッセイ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
タイトル未定
ふらりら、ふら、ふらりら。
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【2010/08/27 01:22】 | エッセイ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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